来年に迫るパリ五輪の切符をかけた戦いで、日本の団体球技の躍進が目立つ。バスケットボール男子は48年ぶり、ハンドボール男子は36年ぶりに自力で出場権を獲得。さらにバレーボール男子も7月に主要国際大会で46年ぶりとなる表彰台に立ち、10月にパリ切符を得た。3競技を見ると、ある共通点が浮かんでくる。(兼村優希、森合正範)
◆東京五輪開催決定で海外挑戦進む
大きく潮目が変わったのは、2013年9月の東京五輪開催決定だ。アスリートの活動を支える強化費が増え、環境整備も進んだ。当時低迷していたバレーボール男子で、翌14年に監督に就任した南部正司さん(現強化委員長)は代表活動の軸足を国内合宿から海外遠征へ移した。「対外国チームのアレルギーを払拭したい」との思いがあった。
東京五輪で旬を迎える選手の育成に力を入れ、「機会があれば海外に出て、いろんなことを学べ」と海外挑戦を促した。大学1年生だった石川祐希が強豪リーグのあるイタリアへ渡り、その背中を追い、海外に挑む選手が増えていった。
◆日本を知る外国人指導者起用
ハンドボールでも同じく海を渡る選手が増え、海外拠点の選手と国内選手をうまく融合させたのが「日本を知る外国人指導者」だった。ハンドボール男子のダグル・シグルドソン監督(アイスランド)は00~03年に日本の実業団でプレー。引退後、ドイツなどを率いた。世界最優秀監督賞に選出された名将が、17年に日本代表監督に就任した。
日本ハンドボール協会事務局の家永昌樹さんは「監督は日本人の文化、プレースタイルを理解した上で、経験や戦術をチームに落とし込んでいる」と話す。
日本代表に関わり7年目となるバレーボール男子のフィリップ・ブラン監督(フランス)も国際経験が豊富。バスケットボール男子のトム・ホーバス監督(米国)は実業団でプレーするなど日本との縁が深い。
競技力向上を研究する「ハイパフォーマンススポーツセンター」の白井克佳さん(ハイパフォーマンス戦略部課長)は「良いコーチをポンと連れてきたからすぐ強くなるのではなく、長い時間をかけて徐々に積み上げていくもの。今回は五輪のホスト国というバリューもあり、海外から優秀なコーチを呼びやすかった面もあるのでは」とみる。
◆手本はサッカー、ノウハウを国内へ
球技の競技力向上で参考になるのはサッカーの歩みだという。日本バスケットボール協会の東野智弥技術委員長は「壁を突き破るため、サッカーの過程を参考にした。トルシエさん、ジーコさん、オシムさんと外国人監督が世界での経験を伝えて、現在の森保監督に至っている。バスケットも今は、日本をよく知る外国人監督が指揮を執る段階」と説明する。
躍進する日本の団体球技。今後の課題は何なのか。白井さんは「(外国人)コーチが日本に持ってきたノウハウをいかに国内のコーチに展開して、持続可能なものにしていくか」と強調する。一過性で終わることなく、力を示し続けられるかが問われている。
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長い低迷の期間を経て、パリ五輪の出場権を自力で勝ち取ったバスケットボール男子、バレーボール男子、ハンドボール男子の球技3競技。飛躍の要因をそれぞれの競技団体に聞いた。
◆<バスケットボール男子>世界の視野持つ指揮官起用
48年ぶりに自らの手で五輪切符をつかんだバスケットボール男子。日本協会の東野智弥技術委員長は「バレーボール、ハンドボールと一緒に結果を出せたのは偶然ではない」と強調し、競技団体の「横の連携」を理由に挙げた。
各競技で中核を担う指導者を養成する日本オリンピック委員会(JOC)のナショナルコーチアカデミーなどで顔を合わせる機会が増え、情報交換ができたという。
他競技の中で参考にしたのがサッカーだ。外国人監督が指揮を執った道程から学び、2017年にアルゼンチンの名将フリオ・ラマス監督を
東京五輪の後、女子のトム・ホーバス監督に男子監督を要請した。「世界的にも異例だし、反対もあった。だけど、彼はリーダーシップがあり、日本をよく知っている」と主張した。今後は「いくつかの段階を経て、いずれはサッカーのように日本人監督になればいい」と語った。
◆<バレー男子>石川が道筋、海外組急増
バレーボール男子は世界ランキングで過去最高の4位につける。パリ切符を決めた10月の五輪予選では、メンバー入りした15人のうち4人が海外リーグに在籍し、ほかにも海外経験のある選手が数人いた。7位だった東京五輪で海外組は石川祐希(ミラノ)1人だったことを思えば、急増ぶりがうかがえる。南部正司強化委員長は「世界に勝つためには、日本での強化だけではもう足りない」と話す。
以前から一部の選手が海外で活躍する例はあったが、後が続かなかった。2014年からイタリアへ移り、プロとして活動する石川の存在が大きいという。「代表で集まると、彼が『イタリアはこうだった』と話してくれる。みんなも安心して『俺も行ってみよう』と思える。これは彼の功績」とうなずく。
コーチ時代から戦略を担い、海外の動向にも明るいフィリップ・ブラン監督が、自信を深めた選手の力を引き出す。7月に主要大会で46年ぶりに表彰台に立ち、五輪予選では上位6チームしか得られない出場権を獲得。南部氏は「パリでメダルを狙うと言っても現実味がある」と”歴代最強”チームに期待を寄せる。
◆<ハンドボール男子>「自分で考え、決断」浸透
ハンドボール男子は開催国枠以外で36年ぶりに五輪の出場権を獲得した。海外組は東京五輪の2人からパリ五輪アジア予選では5人になった。日本協会事務局の家永昌樹氏は「若い選手の感覚が変わってきた。動画サイトなどで海外の映像が入ってきて、憧れるとともに、身近になったのでは」と分析した。
かつてのレギュラー陣は海外組に定位置を奪われたが、結果として選手層が厚くなった。選手の入れ替えをしても、戦力が落ちることはない。
また、海外のチームでは「自分で考え、決断すること」が求められる。日本代表では、以前なら、ピンチの場面で監督の指示を待つ選手が多かった。だが、アジア予選では試合中に追いつかれても動じず、指示待ちの選手はいなくなった。
アイスランド出身でドイツでも指揮を執ったダグル・シグルドソン監督の存在も大きい。海外に独自のコネクションがあり、そのときの日本のレベルに応じて、対戦相手や合宿地を決めていたという。
家永氏は「課題はダグル監督の後、どうするか。協会がどう選手たちをバックアップしていくか」と話している。
◆国際競技力向上のカギは
国際競技力向上の指標として九つの柱を規定する「SPLISS」という考え方がある。
(1)財政支援
(2)競技団体の組織力
(3)スポーツ基盤と参加
(4)タレント発掘と育成
(5)キャリアサポート
(6)トレーニング施設
(7)コーチの確保と養成
(8)国際・国内競技会
(9)医科学研究
から構成される。
今回の3競技は設備の整ったナショナルトレーニングセンターという練習拠点があり、優秀なコーチがいるなど、一定の要素は満たしている。ただ、ハイパフォーマンススポーツセンターの白井克佳氏によると、組織力や人材発掘の分野はまだ不十分という。「アスリートを発掘して育成する道筋を各競技がしっかり整えることが、持続可能な競技力につながる」と強調。各要素をバランス良く高め、成長し続ける必要がある。